第16話 「もうひとつの《緑壇の魔王》との邂逅」

 町から数百メートル程度離れた崖の上。
 ハーヴィンはエウレンの魔力を使い、転移術でここまで飛んできた。全ての術を無効化する『零の領域』内で使ったにもかかわらずここまで飛んでこれたのは、ありったけのエウレンの力を引きずり出した所為だ。二度目の強制使役を受け、魔力の反動を起こす寸前まで魔力を搾り取られ動くこともままならない『破滅の影』エウレンは自分を支える女を見上げて言った。

「…お姉さん酷い…」
「あそこじゃゆっくり話もできないからこうするしかなかったのよ。さ、なんでもいう事を聞いてくれるんでしょ?色々と話を聞かせてもらおうかしら。」

 うう、とエウレンは呻きながら身体の向きを変えようとするが、錆びて朽ちたロボットのように、ギシギシと全身が軋み、悲鳴を上げる。痛みのあまりに声をだすこともままならず、身体が硬直した。

「…つまらないこと…はなしたくない…」
「全部話しなさい。話すなら魔力を回復してあげる。そうでないなら、もう一発強制使役を使って、貴方の命をいただくわ。」
「…お姉さん…残酷ゥ…」
「貴方にだけは言われたくないわね。」

 すっかり屈服したエウレンを見て、ハーヴィンはふっと笑みを向ける。その温かな笑みに心を融かされたような感覚を憶え、エウレンは伏せがちな目を見開いた。どうやら話す気になったらしい。

「どうして、町を壊したり人々を殺したりしたの?」
「…当然の質問ですよねぃ。」
「家族は?」
「…」

 その言葉にエウレンは、身を震わせて唇を噛む。それだけでもこの少年の身に何が起こったのかハーヴィンには理解できた。だが、彼の口からそれを聞きそれが正しいか確認したい。

「私…を含め、私たちは、魔女の一族です。村の掟で、外の世界に出ずひっそりと暮らしてました。」

 成程、この馬鹿でかい魔力の源は魔女の血によるものか。だが、そうだとしてもエウレンの魔力は桁外れに大きい。魔女の純血同士の交わりによる突然変異と考えるのが妥当か。

「けれども、私が8歳になった日…人間たちに村を襲われて私たち子ども以外の全員が殺されてしまいました。」
「──。」

 記憶が正しければそれは5年前のことだ。
 ある特定の地方で原因不明の伝染病が流行ったことがあった。身体が変色して死に至ることから魔女の呪いとされ、一国を挙げての魔女狩りが勃発していた。それが勇者たちによって原因が究明され、とある魔物の仕業であると解ったのだが、魔女一族にとってはもはや後の祭りだったのだ。

「それはよくある話です…。そうなる覚悟は…大人たちにはありました。悔しいことだけれど…それは大人たちが決めて受け入れたことなので…仕方ない…です。」
「…」

 仕方ない…か。
 ハーヴィンはその言葉に締め付けられるような感覚を覚えて唇を噛む。

「かといって…魔女の血を絶えさせるわけにもいかないので…、子どもたちは…別々の魔女ゆかりの村に…預けられました。魔女ゆかりの地は…人間と魔女が共に暮らす場所…だから安全だといわれてましたが…」
「今度は魔物に襲われたわけね?」
「──ううん、魔物と人間たちにボロボロにされてしまいました…。人間たちは私たち魔女の魔力を囮にして魔物をおびき寄せて各ゆかりの村で…魔女もろとも片づけようとしたらしいです。私は…こんな性格だから…勝手に旅してたから…無事でした。」

 魔女とはいえ、年端も行かぬ子供がこの魔王の地平に近い土地でひとりで旅をしていたというのか。無事でしたとあっさり言っているが、その無事はほんとうの意味での無事、だったのだろうか。
 複雑な思いで、ハーヴィンは眉間に皺を寄せる。

「…それで、人間も魔物も大嫌いになった…と言うことなのね?」
「元々どっちも好きじゃないですょ。…ただ、そのことだけは…本当につまらないって思ったから、私が全部片づけました。あいつら…人間にとって魔女は邪魔なだけだし、魔物にとってもただのエサだし…だったら、魔女である私にとって人間も魔物もつまらないものでもいいでしょ?ね?」
「ビフィクスの街も、魔女の子どもたちを殺したの?」
「直接ではないけれども、見捨てられたと…。魂の叫びが聞こえて来たから。」
「…なるほど…ねぇ…」

 それでこの騒動というわけか。少年の気持ちも解らなくもないハーヴィンとしては先ほどまでの処分しようという気持ちはだいぶ薄れてしまっていた。というより、話が複雑すぎて個人的に罰していいものかどうかわからなくなったと言うのが正直なところだ。

「復讐心を抱くなとはとても言えないけれど…でもそれは、ただの魔王理論だわ。」
「魔王理論?」
「つまらない存在だから滅ぼす、それをやっても満たされないから更なる破壊を繰り返す。自分にとって気に入ったものだけ手元に残す。それじゃあダメなのよ。」
「──どうダメなんですか?」
「気に入ったものでもすべてがあなたの思い通りにいくとは限らない。つまらない存在になってしまうことだって有り得る。そんなつまらないものたちすべてを壊して行けば結局最後に自分ひとりだけしか残らないし、そうなると自分すらつまらないものになってしまうからこれも滅して終り。つまり…何も生み出さないまま終わっちゃうでしょ?」

 少年とはいえ、これだけ異質な魔力と魔術を使いこなす知性があればこの理屈が理解できないことはないだろう、ハーヴィンは無言で考え込むエウレンを見守る。

「さっき食べた美味しいクレープ。あれだってつまらない人間が作りだしたものよ。つまらないものでもいいものを作りだしてるわけでしょう。生ある物はいずれ死を迎えるけれど、その限りある生の中でつまらないものはつまらないものなりにいいものを作りだそうと努力している。そりゃ、すべてがよいこととは限らないわ。けれど、悪いことの中から学び取ってよいものを作ろうとする者だって居るってことは忘れないでほしいの。全てがつまらない存在だけじゃない。あなたが運悪くつまらないものばかりを見てきただけで…」
「おねーさん…聖人みたいなことを言うんだね。きっといい人たちに囲まれてそだったんだ。」
「まさか。私も、あなたとは違う状況で…。というか、まあ…生贄だったわね。」

 まさかここでこの話をするとはね、とハーヴィンは苦笑する。

「…魔物にささげられたんですか?」
「ええ、そうよ。村を救うためにそれこそ「仕方なく」よ。でも私は死にたくなかったから魔物を斃したの。」
「その信じられない力で?」
「…この力については私自身も解らないことが多くて詳しく語ることができないの。」
「そうでしょうねえ…。おねーさんからは精霊の気配が全く感じられない。魔王の王気も感じられない…ホント何なんでしょーってかんじです。」
「叡智を誇る魔女でも解らないことがあるのね。そんなあなたでも解らない力をもつ、あなたくらいの年齢の子どもの腕…素手で到底倒せるはずのない強大な魔物を斃したら果たして周りにどう思われるか。」
「魔物以上の…魔物、ですね。」
「ええ。私をなるべく刺激しないように体よく村から追い出されたわ。あてもなくずっと旅をして、ほんと絶望だらけだった。餓死しそうなときもあったし、それこそ、人間にも魔物にも殺されそうになった。けど、絶望の中にいろんなものを見つけてね。力をつけながら少しずつ考えをかえていったのよ。」
「おねーさん…強い…偉いね。」

 ふふ、と柔らかな笑い声。その声はエウレンの耳にとても心地よく響く。

「悔しかったのよ。」
「…」
「悔しかったの。この変な力があるだけで幸せになれないなんてありえないじゃない。だから、必死に探したのよ、自分が幸せになる方法、思える方法。」
「── おねーさん、今、幸せ?」

 縋りつくような少年の震える声に、ハーヴィンはほっこりと柔らかな笑みを向ける。

「幸せになろうと、努力してるとこ。まだ、程遠いわ。」
「──…」

 エウレンは眉間に皺を寄せ、複雑な表情を聖母のような女の人に向ける。

 ── 救いが欲しい。

 この人なら、この私の心の隙間を埋めてくれるだろうか。
 エウレンはその小さな腕を広げハーヴィンを掴もうと力の限り伸ばした。

「…私…も。」
「…ん?」
「しあわせになれるでしょうか。」
「さーね。」

 その腕をあっさりと跳ね除けられて、エウレンははぁ、と失意の溜息をつく。

「…」
「まずは、自分が何をしたのかってことをよく思い知る事だわ。」
「その通りだな。」

 

 ──!?

 エウレンとハーヴィンに戦慄が走る。
 気配はまるでなかった。
 どんなに僅かな魔力でも見逃さないエウレンが。野生で鍛え上げられた鋭敏なハーヴィンの感覚が。
 それでもソレを察知できなかった。
 草間をかき分けて現れたそれに、ハーヴィンはエウレンをかばうように構える。
 樹木の肌を思わせるような褐色の肌、青々と茂る葉を思わせる豊かな緑色の髪…そして、母なる大地のような暖かな鳶色の目を持つ、美しい男が現れ、2人を見下ろす。

 ── 森の精霊か?

 それならば、無暗に敵意を見せない方がいい、ハーヴィンは本能の示すままに従い、その鋭気を抑えた。男はハーヴィンのその反応に気をよくしたのか、うむ、と首を縦に振る。

「成程、君はよく自然の摂理を知っているな。良い傾向だ。」

 男は腕に持っていた籠を見せる。

「私は…そうだな、園芸が趣味のしがない男だ。たまたまここでこの森の種子を集めていた。君たちに刃を向ける気はない。君たちは何かに追われているのか?」
「追われている…というのは少し違います。これ以上の被害がでるのを防ぎました。」
「フフッ…大層な自信だな。まあいい。丁度私も探し物がみつかったところだ。お前たちはどのみち行く宛てもないのだろう。どうだ、私と共に来ないか?」

 ──どこへ?

 そう聞く前に、男は迷うことなく言い放った。

「我が領地、《緑檀の魔王》の地平へ。」

 その男の信じられない言葉に、エウレンとハーヴィンは互いに互いをみやり、その異様な違和感が嘘ではなかったと頷き、そして、目を丸くして男を見上げる。
 男の言葉に嘘偽りはない。だからこそ、だ。

「いきなりすごいことを言うのね…私たちに、魔族側に転べと…?」
「雑に言えばそうなるが…詳しいことは向こうで話そうか。茶くらいは淹れるぞ。」
「…らしいけど…」

 いまだ信じられないといった風でハーヴィンはエウレンの方を見る。エウレンの、その複雑な表情の中にある種の興奮すら垣間見え。ハーヴィンははあ、とため息をついた。

「どうやら、此れは決まった道のようね。わかったわ、行くわ。」

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