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 女は俺たちに、いや、正確にはアリアスに近づき、立ち止まる。

「しばらく会わない間に随分と様子が変わったじゃないか。」
「それはお互い様なのではないか。」
「まあ、な。」

 女は俺を値踏みし、じっとりと睨めつける。余程俺の事が嫌いなのか声をかけてくることすらしない。しかし、このまま黙っていても埒が明かなさそうなので仕方なくこちらから口を開く。

「お前たちも既に知っていると思うが、俺達も罪人みたいなものだ。惑星外追放を受けていて、すぐここから出ていくよう勧告されている。通してもらおうか。」
「お前と話す気はない」

 予想はしていたが、此処まで露骨に嫌われていると逆に笑いすらこみ上げてくる。

「そっか。じゃあアリアス任せた。俺たちはいつでもこいつらを片付けられるように準備しとくぜ」

 俺はアリアスの肩をポンポンと叩いて背を向ける。ジュピターも慌てて俺と同じく背を向けた。
 アリアスはフン、と鼻を鳴らして女に向き合う。

「私に用があるのか?」
「そのために今までここで待っていたんだ。少し位話を聞いてくれてもいいんじゃないのか。」
「解った、聞こう。」
「そう言ってくれると思っていたさ。」

 女は馴れ馴れしくアリアスの手を取って握る。
 ー…特に何かをされたわけではなさそうだ。
 毒を仕込まれたわけでもなく、何らかの術をかけられたようでもない。純粋に握手をしただけのようだ。

「あれから記憶は戻ったのか?」
「いや特には。」
「そうか…。ところで、先日私達を排除しようと襲いかかってきたマージ・ガーディアンを仕留めた時に気になる記録書を手に入れてな。その中の一部にお前に関して書かれたものがあった。」

 女は胸のポケットからカードを取り出してアリアスに見せる。

「偽造したものではないよ。相当な魔道具技師でないとこんな代物作ることすらできない。」
「見せてもらえるのか?」
「どうぞ」

 女はあっさりとカードをアリアスに渡す。アリアスはカードの中に表示されている記号の部分にふれると立体映像が浮かび上がり、そこに無数の文字が浮き上がる。

「どうやってこのカードのパスコードを突破したんだ?」
「まだ息があるうちにマージ・ガーディアンの生体認証でパスコード解除をした」
「…成程」

 アリアスは一通りそれらを全部読み、そしてカードを女に返却した。

「お前がここに来てから随分と監視されていたようだな。まあ…半魔のテボークを倒すほどの力を持っているのだから当然といえば当然だろうが」
「まあ、そうだろうな。」
「その、マージ・ガーディアン共がお前たちがこの惑星から出ることを他のガーディアンに知らせない理由はない。いや、もう既に連絡している可能性もあるな?」
「ふむ…」

 そういえば、エイビンの町を出る前にマージ・ガーディアンのエストさんがガーディアン同士は相互協力体制になく、中にはアリアスを新たな驚異として永久拘束、もしくは殺処分という判断をしている、と言っていたか。
 ということは、この女の目的は、アリアスをそそのかして今後の彼女らの行動に邪魔になるであろう、もしくは自分たちを追ってきているマージ・ガーディアンを片付けさせようとしているといったところか。そのついでに、弱ったアリアスも片付ける…とか考えていそうではある。
 ギルド所属時代はギルドマスターを騙して情報漏洩、街を追放されれば土地を荒らしながら守護者を殺し、あまつさえ機密文書のパスコードを無理やり解除する。何処までも腐った奴だ。

「ところで、私がマージ・ガーディアンを倒したとして、この惑星の危機に誰が対処するんだ?お前達が新たなマージ・ガーディアンになろうというのか?」
「まさか!!もしそうなるとしても、これからここを立ち去るお前たちには何ら関係がないはずだ。」
「ふむ…。」

 アリアスにしては珍しく言葉を選んでいるように思う。こういう事態でなければアリアスは考えるまでもなくNOと答えるだろう。だが、即NOといえばこいつらとも無駄な戦闘をする羽目になり、騒ぎを聞きつけた他のマージ・ガーディアンが駆けつけてくる可能性も0ではない。そうなると、折角のエストさんの厚意を無駄にすることにもなる。今までの努力全てが水の泡になってしまいかねない。
 …が、アリアスがどうこう言ったところで戦闘を避けるのは難しいだろうな。
 俺はいつでも動けるように身構えた。

「しかしな、テボークとの戦いで私は殆ど力を使い果たしてしまっていてな。恐らく今の力だとマージ・ガーディアン1人を倒すことすらできないだろうな。」
「それは、本当なのか?」
「ああ。」
「…そうか…」

 女はがっくりと肩を落とす。

「そう…か」

 もう一度言い、そして肩をブルッっと震わせた。

「ふふ…情報に違いはなかったんだな…。ならば…今の私らでもお前を何とか出来るってわけだ…」
「アリアス!!」

 俺はアリアスの手を引いて後ろに下がらせ、ナックルブレードで何かを弾き飛ばした。

「そう来るだろうと思ったぜ、クズ野郎!」
「いい反応だな、新参…本当にお前は気に入らない!!」

 アリアスを護りながら女が繰り出す見えない攻撃を次々と弾き返す。音からして何らかの金属であることには違いないが、一体女は何を振り回しているのだろうか。鞭のようなうねる音も聞こえてこないので何らかの暗器とは思うが、女の動きにいまいちキレがなく、武器を使いこなせていないためか、避けられないことはない。

「その身のこなし、かなり対人戦慣れしているな…さてはお前、暗殺者か何かか?」
「いいや、ちょっと特殊な訓練を受けただけの善良な一市民ってとこだな!」
「何処までもふざけた奴め」
「そのままそっくり熨斗を付けて返してやるぜ!」
「ノシ…?何だそれは。意味のわからないことを…!」

 そうか、この惑星では贈答品に熨斗をつける習慣がないのか。ギフトカードといえば通じたか…?
 呑気にそんな事を思いながら見えない攻撃を何度か弾き返していると、背後から僅かだが異様な魔力を感じ、体がピリっと反応する。少し遠い気がするが、恐らくジュピターかアリアスが何かを仕掛けたのだろう。その魔力は火の玉となり、俺の頬をギリギリ掠めて女の方へ飛んでいく。女がそれを避けると、今度は女を中心に気温がぐんと下がるのを感じて咄嗟に俺は後ろに下がった。瞬時に氷の魔法が女の足元から発動して足を絡め取っていく。

「くっ!!魔法も使うのか貴様!!」
「俺じゃねえよ」

 ジュピターだよ、と言おうと思ったが本人が名乗るだろうから敢えて言わずにいたが、予想に反して誰も名乗り出ない。

「おい、アリアスかジュピターかどっちかだろ?」
「私は何もしていない」
「ボクも何もしてないよ」
「は?」
「本当に私達ではない。攻撃は私達の後ろから来た。」

 アリアスに言われて周りを見ると、俺らを囲んでいた者たちは氷だったり炎だったりと色々なものに絡め取られている。そういえば戦っているのは俺と女だけでやけに周りが静かだなと薄々思ってはいたが。

「なんだこりゃ!?」
「くそっ、どうなってるんだ!!」

 その中でやはり女に当たった魔法の強度が一番強く、先程までは足だけだったが今では腰のあたりまで氷が差し迫っており、この様子だとあと数分で全身氷漬けになるだろう。漸く姿を現した女の武器も、今は解析している暇はない。この戦闘から逃れる最初で最後のチャンスだ。
 俺はアリアスの手を引き、転送装置の方へ向かって走り出す。ジュピターも地を蹴って俺に続いて走り出した。

「あの人達にやられた魔物の仲間の仕業かな?」
「どうだろうな」

 これまでの経験からして、魔物ならば気配を消すことなく襲ってくるだろう。となれば、彼らを狙っている者たちの仕業か、或いは…

「マージ・ガーディアンだろうな。」

 俺より先にアリアスがその答えを言う。

「あの女はマージ・ガーディアンを仕留めたといった、そしてあのカードも本物…女の言葉は偽りではなかったということだ。あの女達は確実にマージ・ガーディアンの粛清対象になっているといったところだろう。」
「だろうな。」

 ついでに俺たちも片付けられたら一石二鳥といったところだろうが、手負いとはいえ、テボークよりも実力が上のアリアスと詳細不明の俺たちに簡単に手出しはしない、粛清対象としながらも、あくまでも俺たちがこの惑星にとって不利となるような何らかのアクションをしない限りは追わないという選択をしたのだろう。彼ららしい慎重な動き方ともいえる。
 そうこうするうちに、走り去った向こう側から幾人もの悲鳴が上がり始めた。中には俺たちに対して助けを求める声すら届いてくる。

「あれだけのことをしておいて…ボクたちのことを嫌っておいて、今更助けを求めてくるのってなんだかなあ…」

 ジュピターが呆れたような、憐れむような声でぽつりとつぶやく。

「いや」
「?」
「そういうもんだろ」

 俺はそう返し、いつの間にか沈んでいくとろんとした色の太陽と、その太陽に染められた空をそっと見上げて足を止めた。

「今日はこのあたりで野宿するか。」

 俺たちは浄化炭の結界を張って簡易テントを張る。俺たちの気配に気づかない魔物たちがスレスレのところをうろつくのはいつ見ても奇妙な光景だ。

「いよいよ、明日だね」
「ああ、そうだな」

 声をかけてきたジュピターの様子が少し変だ。どうした、と声をかけるまでもなく、ジュピターは俺と、アリアスに「ねえ」と声をかけてきた。

「色々、あったね」
「ああ。」
「…」

 ゆっくりと日が沈み、空に一番星が煌々と照り輝く。
 地球にも、あったよな…一番星。
 最後に夜空を見たのはいつの頃だったか。
 汚染された地球にも、こんなに綺麗な場所があったのかと幼いながらにも感動したことを少し思い出した。

「あのね、ボク…」
「…」
「ボク、色々と考えたんだけれども、ボクはこのまま君たちの旅に同行して大丈夫なのかな、と思って。」
「どうした、今更」

 この惑星では最後の食事を終えて。
 ジュピターは星空を見上げながらつぶやいた。

「ボクは、君たちの旅の足手まといになるんじゃないかって。」
「ジュピターほどの力を持つヤツが足手まといっつったら、俺なんかどうなる?」
「えっと、そういうことじゃなくて…」
「魔族の私にとって、法力を使うお前は障害でしかない、ということか?」

 アリアスの言葉に、ジュピターは強く頷いた。

「ボクの力を何とか活用できないかと思って道すがら色々と考えていたんだけれども、どう考えてもエーテルを魔素に変換できる技術を思いつかなくて。それと、ボクが居ることでもしかしたらアリアスの調子の戻りが悪くなってるんじゃないか、とも思って。」

 それは否めない。現に、ジュピターがアリアスの調子を看ることでアリアスの調子が悪くなっていることもあった。だが、それはそれ、これはこれだ。ジュピターの豊富な知識量はこれからの旅絶対に役に立つだろうし、それこそ俺が力をつけることでアリアスの調子を元に戻す術も新たに見つかるかもしれない。そう伝えるも、ジュピターは更に表情を堅く、暗くする。

「気にしすぎだ。お前が使う法術でしか出来ないことも多い。それに、体力回復のポーションはかなり役に立っているしな。引き続き、サポートをしてもらえるとありがたい。」

 アリアスはジュピターから受け取ったポーションを飲みながら言う。本人がそう言っているのだから嘘ではないよ、と付け加える。

「俺が見た感じ、前ほど辛そうには見えないけどな?むしろ調子よくなってるし、このまま行けばいいんじゃねえの?」
「むう…。」
「難しく考えずに今は共に行けばいい。本当に駄目になりそうならばその時に考えればいいと思っている。」
「俺も賛成。そん時考えりゃいい。」

 俺は完全にしょげているジュピターの背をぽんぽん、と叩く。アリアスも俺に倣ってジュピターの背をぽんぽん、と叩いた。いつだったか、ジュピターは4人姉弟の一番末と聞いた記憶があるが、こうやって二人の女に宥められているところを見るとなるほどな、と妙に納得がいく。弟気質なんだよな、ジュピターって。

「本当に、それでいいの?」
「何度も聞くな。」
「それでいいんだよ。」
「ー…うん、ごめんね、ありがとう。」

 明日はいよいよ転送装置にたどり着く。

 ーさて、ここから先、どうなるもんかね…。

 俺は夜空を見上げながら、複雑な思いを馳せる。
 俺が初めてこの星に来た時。
 何もわからず、ただ混乱するだけだった。
 そんな俺が初めて会った奇妙な宇宙人の女は積極的に俺に関わり、何かと世話を焼いてくれた。
 女に連れてこられた街で、うっかりな仲間が増え。
 半魔に半殺しにされながらもなんとか生還し、精霊王とやらから魔力の種子を受けた。
 当然、騒ぎを起こした俺達は惑星追放を言い渡され、街をでる。
 旅を続けるうちに、様々な出来事があった。マジでヤバイと思うこともあったが、何とか生きている。
 その旅の中で、色んなものが変化していった。
 その中で一番変わった事といえば…

 俺が、仲間というものを強く意識し始めた、ということだろうか。

「起きたかウィグ、朝飯を頼む」
「ボク、おなかすいたよ」
「俺はお前らのカーチャンじゃねーよ!!ほらよ!顔拭いて口漱いですっきりしてこい!」

 こんな会話、地球にいた頃じゃあり得なかった。
 だから、なんというか…照れくさいが、こいつらには感謝している。

 まあ、そういうことだ。

 マージ星での最後の食事を終わらせ、俺たちは歩き始める。こういう、長閑な風景を見ることはもしかしたらもうないのかもしれない。若干名残惜しいが、仕方がないか。
 太陽が昇り、気温が程よく上がってきたころに、その転送装置が姿を現した。もっとメカメカしい物を想像していたのだが、機械文明の欠片もないこの星にそんな大層なものがあるわけがなかった。その転送装置は石柱と石畳、そして中央に光る魔法陣によって形成されていた。人の手によってつくられた感があるので装置と言われるとそうなのかもしれない。

「お待ちしていました。」

 装置には俺たちの知らない別のマージ・ガーディアンが待ち受けていた。聞くと、エストさんと同じ隊の者たちだという。昨日、女達を襲ったのも彼らで、俺が咄嗟に逃げてくれたお陰で俺たちに手を下さずに済んだらしい。ちなみに女たちの集団はその場で粛清され、後日公開処刑を予定されているとか何とか。まあ…あれだけの事をやらかしているのであれば当然の処置だと思う。
 一通り転送装置の説明を受け、改めて俺たちはこの惑星から出ていく事を明らかにすると、彼らはほっとしたような表情を見せる。魔法陣の中心に立つように指示してきた。

「何処に届くかは解りません。が、同じように作られた転送装置に届くことは確かです。あと、あなた方がマージ星から出たらすぐにこの装置の機能をおとします。…ジュピターさん、あなたはこの星の人ですが、帰ってくることができなくなります。いいですか?家族の方は…」
「大丈夫だよ。もう、つたえているから。」

 ジュピターは強くうなずく。昨日は頼りない感じに見えていたが、意を決した表情を見ると、なかなか凛としていて悪くない。

「では、はじめますよ。」

 マージ・ガーディアンの一人が石に触れると、魔法陣を中心にぐんぐんと魔力濃度が高くなる。更に魔素が集積し、その力が渦巻き始めると頭が割れそうな甲高い音が発せられた。音に耐えられず、思わず耳を塞ぎ目を閉じたがその音もすぐに収まる。おそるおそる目をあけるとあのマージ星の長閑な景色がどこにもなく、色んな色の混ざりあった混沌とした空間が俺たちを包んでいた。その、重力の失われた空間の中で右に左に上に下に出鱈目に進んでいく。

 ちょっと待て…これって、ヤバすぎやしないか?

 俺は思わずアリアスの腕を握ろうとするが、逆に背後から何かにぐんと腕を引き込まれてしまう。

「え!?」
「ウィグ!!」

 何か奇妙な感じがしたと思うと、頭の芯がさっと凍りつき、意識が遠のいていく。俺の急変に気づいたアリアスがすかさず俺に手を伸ばしてきた。

「私につかまれ、ウィグ!!」

 そうしたい。
 が…。
 だめだ…、から…だ…が…うご…か…ねぇ…ッ!!

「ア…リア…スッ!!」
「ウィグーーーッッ!!」

 どんな事態でも冷静沈着で落ち着き払っているはずのアリアスが、焦りながら悲鳴に近い声で俺を呼び何らかの術を放つが、それが原因で魔力の反動を起こして身体が強張り、あと一歩のところでお互いの手が弾かれ、ぐんと引き離される。

「必ず、必ず追うから…なッ!!だから、諦めるな…ッ!!ウィグ!!」

 アリアスの悲痛な声が脳に響いてきたその瞬間に…全てがシャットアウトされ。

 そして

 次の瞬間、俺の目の前にはマージ星のものでも、先程の空間のものでもない、だが、何処と無く懐かしい暗褐色の世界が一面に広がっていた…。

第一章:完